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東京高等裁判所 昭和57年(く)37号 決定

抗告人 弁護人

被告人 大立目義雄

弁護人 遠山泰夫

主文

本件抗告を棄却する。

理由

本件抗告の趣意は、弁護人遠山泰夫名義の抗告申立書に記載されたとおりであるから、これを引用する。

所論は、要するに、原決定は、原審弁護人が控訴の申立てをしたのち、これを知らないで上訴放棄申立書を提出した被告人の行為に控訴取下げの効果を認めたが、上訴の放棄が上訴の申立て前に裁判の確定を求める行為であるのに対し、上訴の取下げは上訴の提起後原裁判の確定を求める行為であつて、両者は性格、行うべき訴訟の段階を異にする別異の行為であること、上訴の放棄及び上訴の取下げはいずれも被告人から上訴審での救済の途を閉ざす重大な不利益をもたらす行為であり、また、その故に要式行為とされていることに照らすと、上訴放棄申立書の提出に上訴取下げの効果を認めるようなことは許されないのに、これを認めた原決定は国民の裁判を受ける権利を保障した憲法三二条に違反するものであるから、その取消しを求める、というのである。

そこで、検討すると、上訴の放棄及び上訴の取下げがいずれも原裁判を確定させ上訴審において審判を受ける機会を失わせる訴訟上重大な意味を持つ行為であること、そのため、これらの行為が慎重に行われかつ申立てをした者の意思が明確に認識できるように、上訴放棄の申立ては常に書面をもつてなすべきものとされ(刑訴法三六〇条の三)、上訴取下げの申立ては書面又は公判廷において口頭でなすべきものとされていること(刑訴規則二二四条)、上訴の放棄が上訴の申立て前になされるものであるのに対し、上訴の取下げは上訴後になされるものであることはいずれも所論のとおりである。また、上訴放棄の申立ては原裁判所にしなければならないのに対し(刑訴規則二二三条)、上訴取下げの申立ては上訴裁判所になすべきものとされている(刑訴規則二二三条の二第一項)。しかしながら、上訴の放棄も上訴の取下げも上訴審での再度の審判を望まず原裁判の確定を求めるという目的の点では一致しており、上訴の放棄又は取下げのうちいずれの方法によるべきかは、ただ既に上訴の申立てがなされているか否かのみにより決まるものであること、被告人が上訴審での再度の審判を望まず原裁判の確定を求める趣旨の申立書を提出したときには、記載の不備や字句にあまり拘泥せず、既に上訴の申立てがあつたか否かにより上訴の放棄又は取下げとして扱うのが上訴の放棄又は取下げの制度が設けられた趣旨に合致すると考えられること等に鑑みると、被告人又は被告人のために上訴をなしうる者が上訴をしたのち、被告人が上訴放棄申立書を提出したときには、被告人が既に上訴の申立てがあつたことを知つていたか否かを問わず、該申立書の提出に上訴取下げの効果を認めるのが相当である。そして、その際、該上訴放棄申立書の宛先として原裁判所が記載され、本来上訴取下げの申立書に宛先として記載されるべき上訴裁判所が宛先として記載されていなかつたとしても、そのことは上訴放棄申立書の提出に上訴の取下げとしての効果を認めることの妨げとはならないものというべきである。そうすると、原審弁護人が控訴申立書を原裁判所に提出したのち、被告人が右事実を知らないで原裁判所に宛てた上訴放棄申立書を在監中の監獄の長に提出した行為に控訴取下げの効果を認めた原決定の判断は正当であり、何ら被告人の裁判を受ける権利を侵害するものではないから、原決定が憲法三二条に違反するとの所論は失当である。

よつて、本件抗告は理由がないから刑訴法四二六条一項後段によりこれを棄却することとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 海老原震一 裁判官 杉山英巳 裁判官 浜井一夫)

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